整え設計室 – Totonoe Studio

赤字でも価値が消えない理由

Spiber(スパイバー)を手がかりに、
スタートアップの価値が「利益」以外で評価される構造を読み解く

■ はじめに|違和感から始める

合成クモ糸で知られるバイオ素材ベンチャー Spiber(スパイバー) に対し、 著名な支援者が事業面で関与するというニュースが報じられた。

一方で、Spiberは依然として赤字局面にあり、 会計数値だけを見れば「厳しい会社」と評価されがちである。

それでも、なぜ「支援する価値がある」と判断されるのか。

本稿ではこの違和感を起点に、 赤字スタートアップでも企業価値が成立する理由を整理する。

■ Spiberは何をしている会社か

Spiberは、バイオ技術によって合成クモ糸を開発・量産し、 石油由来素材に代わる次世代素材を社会実装しようとしている企業である。

  • 軽量かつ高強度
  • 高い伸縮性
  • 環境負荷の低さ

これらの特性により、アパレル用途にとどまらず、 自動車、航空宇宙、産業資材など幅広い分野での応用が想定されている。

■ なぜ「利益×何倍」で評価できないのか

Spiberのようなディープテック企業は、 立ち上がり段階で大規模な研究開発費と設備投資を必要とする。

その結果、P/L上は赤字が続くが、 これは「価値がない」ことを意味しない。

問われているのは現在の利益ではなく、 将来どの規模のキャッシュフローを生み出し得るかである。

■ TAMとは何か|評価の前提条件

TAM(Total Addressable Market)とは、 理論上その企業が獲得し得る最大市場規模を指す。

TAMは短期の売上予測ではなく、 「この技術が社会に広く普及した場合の天井」を示す概念である。

Spiberの評価においてTAMが重視されるのは、 現在の売上が小さいからこそ、 将来の到達点が価値判断の起点になるためだ。

■ SpiberにおけるTAMの考え方

合成クモ糸は、特定用途に閉じた素材ではない。

  • アパレル・繊維
  • 自動車(軽量化・内装)
  • 航空宇宙(高強度・軽量素材)
  • 産業資材(ロープ、フィルム、複合材料)

そのため、TAMは単一業界の市場規模では測定できず、 複数市場を横断した概念として捉える必要がある。

TAM ≒ 置換対象となる素材市場 × 置換可能割合 × 想定価格

重要なのは「すべてを取れる」前提ではない点である。 一部用途での成功だけでも、事業が成立し得る構造が評価されている。

■ TAMが大きいとなぜ赤字でも価値が残るのか

赤字スタートアップの企業価値は、 次の関係で整理できる。

企業価値 ≒ 将来キャッシュフローの期待値 ÷(時間 × 不確実性)

TAMが大きいということは、 成功時の回収額が大きく、 失敗しても用途転換や展開余地が残ることを意味する。

Spiberは「単一事業の成否」ではなく、 複数市場への展開可能性というオプション価値を内包している。

■ 信用価値という見えにくい資産

今回の支援が象徴するのは、 資金そのものよりも信用の付与である。

誰が関与し、誰が時間を信じるかは、 資金調達、金融機関交渉、取引先との関係に直接影響する。

信用はB/SにもP/Lにも現れないが、 スタートアップにとって極めて重要な経営資源である。

■ 結論|価値は「利益」ではなく「構造」で決まる

Spiberの事例は、 「赤字=価値がない」という単純な見方が成り立たないことを示している。

技術がスケール可能な構造を持ち、 TAMが広く、信用が補強されていれば、 会計利益が出ていなくても企業価値は成立する。

本件は、スタートアップ評価を考えるうえで、 利益以外の視点を持つ重要性を教えてくれる。

2025/12/25

参考文献・関連資料